投稿者全員に1,000OFFクーポンをプレゼント中!

尻の穴

弱虫ペダル 二次創作


ややBL注意
巻島×坂道注意
行為なし注意

最初がBLとかなんなの俺




 参ったな。
 そう思った矢先、自分と同じように画面を確認していた後輩が同じことを呟いた。
「先輩、ここ圏外ですよ! どうしましょう」
「ああ」
 わかってるっショ。
 特徴的な語尾で巻島は応えた。再度確認したが携帯電話のディスプレイは通信のための電波が受信出来ないことを示している。諦めてそれをウェアのポケットに仕舞うと、後輩……小野田が不安気に首を巡らせているのがわかった。
「心配しなくてもいいっショ」辺りには靄がかかっており、油断すれば彼のことまで見失いそうになる。巻島は横目で小野田の様子を窺うと、さり気なく彼を視界に入れやすいように姿勢を変えた。「そのうちみんなと合流できるっショ。ガキじゃあるまいし、下山くらいはひとりでもできる」
 ロードレースの経験がある人間なら、な。目の前にいるこいつは自転車ロードレースを始めてまだ半年……いや、三ヶ月も経っていないはずだ。山で迷った時の対処法どころか、まともなレースに出たことすらない。巻島はひっそりと溜息をついた。呆れや心労によるものというよりも、それはむしろ安堵に近いものだった。




 つい一時間ほど前、巻島たち総北高校の面々は学校の敷地を抜け、練習のために公道へと繰り出した。通常ならば周辺のコースをぐるぐると回るはずだったが、インハイを数週間後に控えた今、田所が部室でこんなことを言い出した。
「なあ、今日は別のコース走ってみねえか?」
 主将である金城は少し考えてからそれを許可した。最近は使っていないが、先輩方が教えてくれたコースがあるので、そこを使おう、と。
 彼は普段はこんなことを許す男ではないし、田所にしても大雑把でデリカシーに欠けるところはあるが、我侭でコースを変えようなどと言う人間ではない。要するに目前に迫るインターハイを意識して、誰もが――特に三年生である自分たちは――無意識のうちに気持ちを張り詰めさせていたのだろう、と思う。
 先輩たちがつくったというコースは、街道を抜け、人気の少ない平坦な直線を経た後にカーブの多い林道、ゆるい勾配の続く山道へと至るもので、金城があまり使用しないというのも頷ける、比較的楽な構成だった。
 文字通り雲行きが怪しくなってきたのは傾斜がややきつくなり始めた頃、坂の三分の二ほどを攻略した辺りだ。先程まで快晴だった空がみるみるうちに雲に覆われ、あっという間に雨が降り始めた。
「おい! どうする? 戻るか?」
 誰かが叫ぶように言ったような気がしたが、雨脚は勢いを増し、もはや前を走る影さえも確認することが難しくなっていたので、それが果たして誰が誰に向けて言った言葉だったのか、あるいはただの空耳だったのか、巻島にはまるで判断がつかなかった。
 結局、しばらく走ったところで雨を凌げそうな木がせり出しているのを見つけた彼は、その根元にロードバイクを立てかけ、濡れた体をタオルで拭った。そうしているとやがて後方から地面を叩く雨音にまぎれて自転車のタイヤが水を切る、特徴的な音が聞こえてきた。
「あっ! 巻島先輩!」
 小野田はこちらを確認するとほっとしたような表情で笑った。
 今泉や鳴子たちと一緒ではないのかと尋ねたが、どうやら小野田も彼らとはぐれてしまったらしく、力なく首を振った。
「そうか」
 別に彼のことを責めるつもりではなかったのだが、すっかり萎縮してしまった小野田を見て、巻島は濡れた髪に手を当てた。こういうときにどう言ってやればいいのか、自分にはさっぱりわからない。田所ならどう言うだろう? 今泉なら? 鳴子なら? 金城は寡黙だが、自分と違って言うべき言葉ははっきりと口にする傾向がある。
「あー」巻島は言うべき言葉を探すように視線を宙にさまよわせた。心なしか雨は少し小降りになってきたように思う。「まあ、気にすることでもないっショ……」
「はい……」
 そう応えた後、小野田は小さくくしゃみをした。見れば、彼はずぶ濡れのまま、ヘルメットすら外していない。
「何してんだ。さっさと体拭かないと風邪ひくっショ」
「あ、はい」
 小野田はすぐさまヘルメットを外したが、所在なさげにそのまま立ち尽くしている。
「……タオル、持って来てないのか」
「あっ! えっと、持って来てはいたんですけど、天気が良かったのであの、部室に置いてきちゃって……」
 巻島はひとつ息を吐くとウェアのポケットから薄手のタオルを取り出した。先程自分の体を拭いた分、湿ってはいたが、絞れば使えるだろう。
「ほれ」
 差し出されたそれを、小野田は最初ぽかんと見つめていたが、その意味に気づくと「えっ! あっ、いやいいですよ! 僕の体なんて拭いたら汚れちゃうし、それに僕、全然寒くないですから!」と早口でまくし立てた。
 面倒くせえな。何度か押し問答を繰り返した末に、巻島は痺れを切らして小野田の腕を掴んだ。それは痩せて「蜘蛛」と揶揄される自分と比較してもまだ細い、未発達なもので、彼は「よくこんな腕でインターハイへの切符を手に入れたものだ」と改めて驚いた。
「あ、先輩、あの」
「いいからじっとしてるっショ」
 巻島は小野田の腕を掴んだ左手を少し持ち上げると右手のタオルで上から下へと撫でるように水分を拭き取った。腕、首、背中、脚……全身を拭き終わる頃には雨は上がり、かわりに辺りには深い霧が立ち込めていた。




「あの、さっきはありがとうございました」
「ん? ああ」
「タオル、洗って返しますから」
「別にいいっショ」
 この霧では、下手に動くと小野田ともはぐれてしまう可能性がある。巻島は、まだ日没までは時間があることを携帯電話で確認すると腕を組んで霧が晴れるのを待った。
 彼が口をつぐむと途端に会話は途切れてしまい、雨の音が聞こえない分だけ二人の間には先程までよりもいっそう重たい沈黙が下りてきたように思えた。
 だから俺は雨、好きなのかもしれないな。
 巻島はふと思った。
 昔から他人とコミュニケーションを取るのが苦手だった。人嫌いのつもりはないが、ぺらぺらと上っ面だけ楽しげな会話をするのはどうも性に合わない。自分には結局、これが一番合っているのだろうな。巻島は立てかけているロードバイクのサドルを指で撫でた。
 ……そういえば、こいつ――小野田に興味を持ったのも彼の走りを見たからだった。
 現在の二年生には巻島のような登りを主戦場とするいわゆる『クライマー』と呼ばれるタイプの人間はおらず、今年の新入部員もまた、そうであると思われた。彼、小野田坂道が入部するまでは。
『ウエルカムレース』の時、巻島は彼の走りを回収用のワゴン車の中から見た。最初は無理だと思った。ろくに経験もない初心者が一度最下位まで転落して、『ロード』に乗り換えたとはいえ、そこから今泉や鳴子を相手に巻き返すなど、実際に目にしていなければとても信じられなかっただろう。
 だが、小野田はそれをやってのけた。山岳賞を奪った時点でリタイアしたため記録には残らなかったが、巻島は自分の心臓が早鐘を打っているのを感じていた。
「見たか! あいつクライマーだ!」
 興奮して金城や田所にそう話したのを覚えている。それもただのクライマーではない。天才というのとも違う……。小野田はそんな、不思議なやつだった。後の個人練習で彼は自分の見る目が間違っていなかったことを確信し、先日の合宿でその想いはさらに強くなっていった。
 こいつと走るとなんていうか……楽しいんだよな。
 落ち着かなそうにこちらをちらちらと伺う小野田の視線にあえて気づかない振りをしながら巻島は考えた。
 巻島のダンシング……立ち漕ぎは車体を異様なほど傾けて行われる。その様は集団の中でも明らかに異彩を放っており、本人の様相と相まって近づきがたい雰囲気を醸し出していた。巻島自身もそのことは嫌というほどわかっていたが、それでも自分のスタイルを貫いた。なぜならばそれが自分、巻島裕介という人間だからだ。俺はイレギュラー。俺は自己流。……遠巻きにされて、怖がられて、それでいい。きっとこの一年生もそうだろう。小野田との個人練習を行う前に、巻島はそう考えていた。それが「カッコよかった」だと? 
 そんなことを言う彼にまず驚いたが、それを嬉しいと感じている自分に気づき、巻島はさらに驚いた。
 その時から巻島は、走ることをいっそう「楽しい」と思うようになった。正確にはインターハイを控え、どこかに置き忘れかけていた気持ちを取り戻したような、そんな感覚だ。
 だから小野田には単なる後輩という以上の、どこか特別な感情を抱いてしまうのだろうか。
 巻島は後輩の横顔をちらりと覗き見た。
 本当に、こいつ一人がはぐれるような事態にならなくてよかった。この頼りない後輩が山で迷子になったりすればどんなアクシデントに巻き込まれるかわかったものではない。一緒にいるのが田所や鳴子だったとしても安心できるものではない。あいつらは自分にできることは他人にもできると信じ込むタイプだからなあ。視界の悪いこの状況でも、経験の少ない小野田がいたってかまわず無理に下山しようとするかもしれない。巻島が安堵した理由はそれだった。
 本当、世話の焼ける後輩っショ……。
 巻島の視線を感じ取ったのか、小野田は首を振りこちらへ目を向けた。
「巻島先輩!」
 う、と巻島はたじろいだ。じっと見ていたことに気づかれただろうか。
「な、何ショ」
「霧、少し晴れてきてますよ」
 見れば確かにそこら中にかかっていた靄が今は薄くなり、空からは夏の強い日差しが覗いていた。これなら十分移動できるだろう。
「よし、とりあえず下りてみるっショ」
 巻島はヘルメットを被るとロードバイクのサドルにまたがり、ペダルに足をかけた。
 はい、と応え、自転車を起こす後輩の姿を見ながら、巻島はそういえば、と疑問に思っていたことをぶつけた。
「おまえ確か最後尾だったショ? 前のやつについていかなかったのか」
 雨が降る前、巻島は前方で集団を引っ張っていた。それが豪雨と化してからもそうだったかは定かでないが、小野田の直近にまで下がっていたとは思えない。
「あっ、ええと」彼はもごもごと口の中で呟いていたが、やがて少し照れくさそうに「とにかく先輩について行こうと思って」と言った。
「あの、先輩の髪の色、すごく派手だし。ダンシング、すごくカッコいいから、後ろからでもわかったんです」
 巻島は支えにしていた左足を離すとブレーキを強めにかけながら坂を下り始めた。
「あ、待ってください! 先輩」
 言われなくても待っていてやる。
 インターハイまでそれほど期日は残っていない。おそらく、厳しい戦いになるだろう。
 その時……もしもこの後輩に関して決断を迫られるようなことがあれば、俺もこいつを信じていてやろう。おまえが俺を信じていてくれるのなら。
 巻島は雨上がりの澄んだ空を見て「ショ」と笑った。
■  [PR]
by kaname1102 | 2010-03-02 02:29 | 小説